【生理】から心と身体を解放するsalon『anne』

生理マニアのカウンセラーが、毎月くる【生理】から心と身体の声を聞きながら、より良い『私』になる方法をお伝えしています。

『恐怖』と【影響】

こんにちわ。

あおき きよ です。

 

 

 

 

私はムラっ気があるので、

書きたいときに、

書きたいものを、

書きたい量だけ書きます。

 

 

私は文章を作り、

物語にするのが大好きです。

 

 

 

 

小学校1年~3年まで、

父親から貰った誕生日プレゼントは『童話集』でした。

 

 

ハードカバーで字が小さめで、そこそこ分厚い。

 

 

その頃は『誕生日プレゼントに何で本?』と少々不満でしたが、

 

それがきっかけで『本の虫』でもありました。

 

 

 

また、父親はいつも本を読んでる人でしたので、

 

本はとても身近な物。

 

 

 

 

 

こんな風に人は簡単に『影響』される生き物です。

 

 

 

どんなに頑固な人や自分の意思をしっかり持っていたとしても、

 

 

何かしらの形で、

どこかのタイミングで、

 

 

誰か、何か、から『影響』を受けています。

 

 

 

私の文章を作り作るのが好きなのも、

本を与えてくれた父親からの『影響』です。

 

 

 

私が紆余曲折して行き着いた書きたいこと『恐怖』は、

 

 

ありとあらゆる人たちの言葉が『影響』しています。

 

 

 

 

人は自分にとって

 

『いい意味』でも、

『悪い意味』でも、

 

何かしらの『影響』を受けています。

 

 

 

こうお話すると『影響』と『恐怖』は結び付かないように感じますよね。

 

 

 

『恐怖』と結び付くのは、

それを『取捨選択』する時なのです。

 

 

 どの、何の『影響』を受け、

どんな『影響』は受け取らないのか?

 

 

過去に受けた『影響』を今も大切にするのか、

もう必要の無いものと『影響』を手放すのか?

 

 

 

それを選んだ時点で、

人は行動・言動・思想・価値観・世界観などが少しずつ変わります。

 

 

それにより、

関係性を持つ人たちも変わります。

 

 

 

『影響』の『取捨選択』した時に、

その与える・受ける『影響』を予測して、

『恐怖』を覚える。

 

 

踏み切るのに躊躇するのです。

 

 

 

 

私の『恐怖』の全ては

 

『人から攻撃される事』

 

ただそれだけでした。

 

 

 

 

特に文章にすること、

自分の気持ちを表現すること、

自分の世界観やスピリチュアリティーを公開する事は、

 

人から『攻撃』される可能性を高める事に繋がります。

 

 

 

 

そして人から攻撃される事の中でも、

一番恐れていたのは、

 

私が大好きだ。

 

と思っている人たちや

 

私を大好きだ。

 

といってくれる人たちから『攻撃』される事でした。

 

 

 

今まで仲良くしていた人たちは、

 

多かれ少なかれ『影響』を受けて、

それを『信じていた』私がいたからこその『恐怖』

 

 

 

彼らから『影響』を受け入れてきたから、

 

そこに疑いを持つこと、

それを指摘すること、

 

また、自分の意思を伝える事で、

自分が変わった事に対して、

 

その人たちから『攻撃』される事を『恐怖』していたのです。

 

 

 

今まであった場所が、

私が変わる事で、

そこに居られなくなる事が怖かった。

 

 

 

居場所がなくなる『恐怖』

独りぼっちになる『恐怖』

 

 

 

それが人から攻撃されることへの『恐怖』となり、

 

 

人に『影響』される『恐怖』と、

人に『影響』する『恐怖』を長いこと持っていました。

 

 

 

これは『人に影響され過ぎる人』も、

深くて大きな『恐怖』を抱えています。

 

 

 

『恐怖』を抱えているからこそ、

 

『安心』したくて、

居場所が欲しくて、

 

人の言うことを鵜呑みにしてしまう。

影響され過ぎてしまうのです。

 

 

 

 

自分の思考を止めてしまう、

自分の気持ちや感情に蓋をしてしまう、

自分の感覚を信じられなくなる、

自分の個性や価値観・世界観を否定してしまう。

 

 

その奥底にあるのは、

 

自分の意思を伝える『恐怖』

自分が変わる『恐怖』

 

なのです。

 

 

 

 

自分が変わらずに、

人に変わってもらうことを望むのには、

 

『影響』を受ける自分に対する『恐怖』

 

それにより変わっていく自分に対する『恐怖』

 

 

 

なのかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

『我慢』と『幸せ』 、『自制』と『幸せ』

おはようございます。

 

あおき きよ です。

 

 

 

 

 

 

36歳にして、

 

初めてお父さんに自分の気持ちや考え方、価値観・世界観の話をしました。

 

 

 

 

私、両親や兄弟と会いたくはありませんし、

話もしたいとは思いません。

 

 

考え方、感じ方、生き方、価値観、在り方など、

何から何まで違います。

 

 

 

 

人は

 

他人であろうが、

友達であろうが、

家族であろうが、

 

どんな関係性であろうとも、

価値観が違います。

 

 

 

 

パートナーから『意識するように』と言われた言葉があります。

 

 

 

そして私の在り方の基本にした『言葉』でもあります。

 

 

 

 

『人は理解し合えない』

 

 

 

 

人から私の価値観を理解して貰えないし、

 

また、私は人の価値観を理解出来ない。

 

 

 

それを『前提』にすること。

 

 

『理解し合えない』から、

だから『努力』をする。

 

 

 

 

でもお父さんを初め、

両親や兄弟に対してこれ以上、

『努力』したいとは思えない。

 

 

もう十分『努力』はした。

そう在るように『努力』もした。

 

 

 

その結果、

私は『幸せになれない』と判断しました。

 

 

 

これ以上理解し合えないから、

努力しようとは思いません。

 

 

 

そこには私の『幸せ』はない。

 

そこにあるのは『我慢』

 

 

 

 

もう『我慢』したくないのです。

 

 

 

この『我慢』、何を意味するのかと言うと

 

人のために

私が『我慢』することです。

 

 

 

 

私は『私の為』に『我慢』はする。

 

しかし、それは『我慢』とは思いません。

 

『自制』です。

 

 

 

『自制』は自分を制する。

 

 

 

『我慢』は我(自分)を侮る・怠る。

 

『慢』と言う字には【侮る】【怠る】と言う意味があります。

 

 

 

 

自分を制する侮って、怠って、

自分の為になるのでしょうか?

 

 

それを他者から強制される・すると言うことは、

 

『貴方!自分を侮りなさい!

自分を怠って、何かを成しなさい!』

 

と言っていると言うこと。

 

 

 

 

それを自分に課すことも、

人に課すことも、

 

 

自分を、

他人を、

 

 

粗末に扱う事を勧めていると言うこと。

 

 

 

 

 

『自制』とは全く違う所に向かっています。

 

自制は『自分を律する』

 

自律から『自立』へ向かうのだと思います。

 

 

 

 

 

 

私は全ての人が幸せである事を願います。

全ての人を幸せにしたいとも思います。

 

 

 

しかし、父親はそれは不可能だと言いました。

 

 

 

それには『我慢すべき』所があるからだそうです。

 

 

 

 

幸せは自分でしかなれない。

 

 

 

父はそう言いました。

 

 

それには、どう意見です。

 

 

 

しかし、私はパートナーや子どもたち、

友達やこの世の中にいるたくさんの人たち、

 

もちろん、父や母、兄弟たちからも

 

『幸せ』にして貰いました。

 

 

 

 

自分を『幸せ』出来るのは『自分』だけ。

 

でも、『幸せ』のお裾分けを毎日、誰かから頂いている。

 

 

 

私は一人では『幸せ』にはなれません。

 

 

誰かが与えてくれたからこそ、

感じられる『幸せ』がありますし、

 

 

 

それは私にはとても大切な物で、

必要な物です。

 

 

『恐怖』に支配されているだけじゃ、つまらない!

おはようございます。

あおき きよ です。

 

 

 

 

『恐怖』と絡めてお話を書くのが、

とっても書きやすいと気付いたばかりですが、

 

 

『恐怖』は今も昔も変わらず私たちの側にいる。

 

 

 

そう私は思います。

 

 

 

 

 

『恐怖』はそのものを知れば、

本当は怖くない!のが、本当の所。

 

 

 

そこに『在る』のに、

『無い』ようにしようとするから

 

より『恐怖』が増す。

 

 

 

 

そんな風に思うのです。

 

 

 

 

ですので、

私は『恐怖』と仲良くなりたい。

 

なんだったら、

『恐怖』に守ってもらいたい、

支えて貰いたい、

愛に包まれたい。

 

 

 

 

 

私と『恐怖』は小さい頃からいつも一緒でした。

 

 

 

初めて『恐怖』を感じたのが、

 

『独りぼっち』だと思った時でした。

 

 

 

 

いつの時なのかも分からない。

 

でもいつも側にいたお母さんがいない。

 

それが堪らなく怖かった。

 

 

 

 

 

私の一番古い記憶かイメージか?

 

薄暗い部屋の中で途方に暮れてる自分がありました。

 

 

 

ひんやりとした部屋に独りぼっちで、

ぼんやりと風に揺れる洗濯物を見てる私。

 

 

淋しい。

 

 

そんな気持ちが湧いてきたのを覚えています。

 

 

 

 

でもね、一番初めに出てきたのは『恐怖』

 

『恐怖』が落ち着いた頃に『淋しさ』が湧いてきたのです。

 

 

 

 

 

『淋しさ』や『悲しみ』『怒り』

 

『嬉しさ』や『楽しさ』『喜び』なども、

 

 

 

その前に『不安』や『ドキドキ』『ソワソワ』『ワクワク』などを感じます。

 

 

 

それらを感じた後で『気持ち』が沸き起こる。

 

 

 

 

不安やワクワクなどの前に必ずと言っていいほど、

 

『恐怖』を感じるタイミングがあります。

 

 

 

 

その『恐怖』と共に飛ぶ、

 

その『恐怖』が落ち着く、

 

その『恐怖』が去る、

 

その『恐怖』を忘れる、

 

その『恐怖』を見なかった事にする。

 

 

 

 

様々な『恐怖』に対しての向き合い方をして、

 

何かしらのアクションをする前(決めた時)に

感情(ザワザワやワクワクやモヤモヤなど)が顔を出します。

 

 

 

実際の行動した結果、

『気持ち(怒りや悲しみ、喜びや楽しさなど)』を感じる。

 

 

 

 

新しい事をする時、

一度失敗したこと、

トラウマや思い込みなどを

 

サラッとやっちゃう人たちがいますが、

 

『恐怖』を感じない訳ではありません。

 

 

 

 

『恐怖』との折り合いを付けて決断するのが

 

とっても早いだけです。

 

 

 

そう言うパターンを作っただけです。

 

 

 

『恐怖』を感じないのでなく、

『恐怖』らそこに在る事を知ってる。

 

思考が『恐怖』を理解する前に、

『感情』が涌き出る。

 

実際に既に何かしらの行動しているから

 

ただ、それだけなのです。

 

 

 

 

私は『恐怖』が沸き起こる度に、

一度立ち止まるのが好きです。

 

 

何に恐れているのかを知るのが大好きなのです。

 

 

 

 

『恐怖』は私を守るセンサー。

私を支えるかけがえのない物。

私を愛してくれているもう一人の『私』

 

 

 

怖がりな『私』と手を繋いでくれる

一番古い友人なのです。

 

 

仲良くお付き合い♪

 

それだけで『恐怖』は怖いものではなくなります。

男に『恐怖』を感じる根底は?

おはようございます。

あおき きよ です。

 

 

 

 『男』に対して『恐怖』を感じる有無は、

幼い頃からの経験と学習の違いだけではないのか?と

ふと、思いました。

 

 

 

 

現代を生きる女性の中で、

 

『男性』に対して『恐怖』を感じる人ってどれくらいいるのでしょうか?

 

私は実は多いのではないか?と思ってます。

 

 

 

男性に恐怖を感じる。

 

と聞くと『男性恐怖症』と思われがちですが、

 

男性と接する事が出来ないと言うだけでなく、

 

 

 

 

【男】を見ると

ご機嫌を伺うか、

高圧的に接してしまう。

 

 

 

のもある種の『恐怖』が起因しているのではないか?と考えています。

 

 

 

なんせ私がそうでしたから!

 

 

 

 

ご機嫌を伺い、

 

色気を振り撒くのも

可愛く愛嬌を振り撒くのも

 

 

 

 

高圧的に相手より優位に立とうと、

 

お説教をするのも

カッコよく振る舞うのも

 

 

 

 

 

全ては『恐怖』を隠す為でした。

 

 

 

実は自分では気付いていないだけで、

心の奥底に男性に対して『恐怖』を抱えている場合があるのではないか?

と思っています。

 

 

 

又、『男好き』だと思っていても、

 

本当は男が『怖い』の裏返しだったりもします。

 

 

 

私の母は、

私が『男好き』だと思っていましたが、

 

 

私にとって【男】とは、

 

『恐怖』の対象でしかない。

 

 

 

と言うのが本当の所でした。

 

 

 

男性に『恐怖』を感じる人も、

そうでない人も

 

 

そもそも自分の中にある『男』のイメージとは、

 

 

イメージの元になる【モデル】が存在します。

 

 

 

生まれて、初めて接する異性(男)が、

その『モデル』になりやすい。

 

 

 

それが

 

自分の『父親』です。

 

 

 

 

自分が『女』である自覚が生まれた時から、

 

父親』は、

 

『親』と言うだけでなく、

 

『男』と言う意味合いも出てきます。

 

 

 幼いながら『自覚』していきます。

 

 

 

 

 

 

 

父親』を通して『男』を学んでいく。

 

 

 

 

それがそのまま『男』のイメージへと繋がっていきます。

 

 

 

 

その過程で『父親』に対する『恐怖』が、

 

『男』への『恐怖』へと繋がるわけです。

 

 

 

もちろん、男性への『恐怖』は、

必ずしも『父親』に対する『恐怖』だけではありませんが、

 

そのパーセンテージや、

 

父親との関係性から恐怖体験をする事もあります。

 

 

 

 

 

私の場合は父親との関係性・父親からの性的な不快経験、

 

又性的に不快な事をする『男』の殆どが、

父親』と同じような【年頃】だった事が大きく影響しています。

 

 

 

 

そしてそんな経験が尚更『男』への『恐怖』を助長し、

 

父親』への『恐怖』と『嫌悪』へと結び付いていきました。

 

 

 

 

 

父親』と同じような『男』を好きになる。

 

 

 

 

それは『父親』は、

 

『子供』にとって初めての【異性】であり、

 

『男』だから

 

 

 

 

いい面でよく似ているのか、

 

悪い面でよく似ているのか、

 

 

は、自分と『父親』の関係性によるのかも知れません。

 

 

 

 

父親』が自分にとって、

 

『恐怖』の存在だったのか

 

それとも『愛を注ぐ』存在だったのか

 

 

 

たったそれだけの違いなのかも知れません。

『恐怖』を手放したい人たちへ。

こんばんわ。

あおき きよ です。

 

 

 

 

 

 皆さまは『恐怖』を感じますか?

 

その感情に対してどんな気持ちになりますか?

 

 

 

『【恐怖】と仲良くなろう』

 

 

 

と言われたら、どう思いますか?

 

 

 

 

出来ることなら仲良くなりたくない。

感じたくない。

 

 

 

そう思ってる方がほとんどではないでしょうか。

 

 

 

 

 

『恐怖』が無くなれば、

どんな事だってチャレンジ出来るのに!

成功出来るのに!

豊かになれるのに!

 

 

 

 

 

 

そう思ってる方、多くありませんか?

 

 

 

 

 

 

人が一番、

向き合いたくない事に

向き合わせようとするなんて、

どれ程残酷何だろう。

 

 

 

正直にそう思います。

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、2年以上色んなblogを読ませて頂いて、

『恐怖』にだけ焦点を合わせた事を書かれている方をお見受けしたことがありません。

 

 

『恐怖』に進んで、

向き合うことをオススメする方も見たことがない。

 

 

 

それよりも殆どの方が

 

 

 

『恐怖』は手放す。

『恐怖』を感じる物は選ばない。

光と闇ならば『光』を選ぶ。

『愛』と『恐れ』なら『愛』ある方を選ぶ。

 

 

をオススメなさっている。

 

 

 

それも、その通りなのです。

実際、それでうまく回り始める方もいらっしゃる。

 

 

 

 

しかし、その言葉を聞くたびに、

小さな『違和感』を覚えていました。

 

 

 

何故、『恐怖』を選ばない事を勧めるのだろう?

 

 

 

 

『恐怖』は確かにデメリットが多く感じます。

 

 

萎縮して動けなかったり、

やりたいことが出来なかったり、

又やりたくないことをやめれなかったり、

好きな事を選択出来なかったり、

 

 

 

行動する妨げになる。

時間が掛かる。

萎縮する。

冷静になれない。

ベストな考えに至らない。

焦る。

不安になる。

罪悪感が沸く。

 

 

 

 

 

ネガティブ・イメージを上げればキリがない。

 

 

 

出来ることなら持ちたくない。

持っているなら手放したい、捨てたい、無くしたい。

 

 

『恐怖』とは縁遠い人になりたいだろうし、回避したい。

 

 

 

それが人の素直な気持ち。

 

 

 

 

 

では、もし『恐怖』を感じなくなったらどうなるのだろう?

 

 

 

私は『生物ではなくなる』と思っています。

 

 

 

 

動物は人間ほど感情豊かではありませんが、

共通してあるのが『恐怖』です。 

 

 

 

『恐怖』があるから警戒するし、威嚇するし、逃げる。

 

 

 

 

何に警戒しているのかと言うと『敵』ですよね。

 

 

 

『敵』から何を関知しているのかと言うと

【生命の危機】です。

 

 

 

 

野生の動物は人間以上に『弱肉強食』な世界。

 

 

 

 

 

その獲物、逃したら『死ぬ』かもよ?

 

その敵に襲われたら、確実に『死ぬ』よ?

 

 

 

 

一瞬の迷いが命取り。

 

 

ですので、『罪悪感』や『不安』なんて物はない。

 

 

 

 

もし、動物に『不安』や『罪悪感』があったら

それこそ『命』に関わる重要問題!!

 

 

 

 

 

ライオンに不安や罪悪感があったなら、

こんな感じではないでしょうか?

 

 

 

 

『私(ライオン)が彼(シマウマ)を襲ったら、彼の家族たちに恨まれてしまうかもしれない……。 

何て、言われるんだろう………。

酷い言葉を投げ掛けられたら、どうしよう

あぁ~~、不安だ不安だ~~!!』

 

 

 

 

でもお腹は空くからライオンはシマウマを襲うわけで………。

 

 

襲ったら襲ったで、

ライオンは罪悪感を持ちながら

シマウマに接するよね。

 

 

 

『シマウマさん、本当にごめんね!

痛いよね!痛いよね!

私がライオンになんて生まれたばっかりに………。

本当にごめんなさい!』

 

 

 

 

って、精一杯優しく、ゆっくりツメやキバを立てるだろうな。

 

 

 

 

そんなライオンにシマウマはきっとこう言う……。

 

 

 

 

『えぇ~~から、一思いにやっちゃって!

逆にめっちゃ痛いし、めっちゃ怖いし、

ホンマにめっちゃ迷惑や………。

何なん?自分?』

 

 

そんなライオン、ライオンじゃない。

 

そんなライオンがいたら、

シマウマは絶対に必死で逃げる事はしないでしょうね。

 

 

 

余裕ぶっこいて、

ライオンを冷やかしたりするかもね。

 

 

 

もし野生の動物に罪悪感や不安があったら、

あっと言う間に種は絶滅するかもしれません。

 

 

 

そう思うと人とは不思議な『動物』です。

 

 

『感情』を与えられた訳ですから。

 

『感情』があるからこそ、『理性』もある。

 

 

 

では、『恐怖』とはそもそも何なんでしょう?

 

 

 

 

『恐怖』とは、【生存本能】です。

 

これは人も動物も同じこと。

 

 

 

 

『恐怖』とは、【生きる】為に必要な力です。

 

 

 

 

その『恐怖』を否定する事は、

 

【生きる】事を否定する事。

 

 

 

 

『恐怖』はブレーキの役割を果たしています。

 

 

アクセルを踏み続けたら止まりません。

 

 

そしていつか、

何かに衝突して『命』を失う。

 

 

 

ブレーキの無い車に乗りたいですか?

 

 

 

 

 

『恐怖』を選らばないとは、

危険な行為だと言えます。

 

 

 

 

ただ、その『恐怖』に支配され過ぎると

【生き辛い】のは確かです。

 

 

 

 

少しずつ、踏んでるブレーキを緩めて、

自分らしいドライビングが出来ると

人生はもっと楽しくて、豊かですよね♪

 

 

 

 

 

少しずつ、『恐怖』との素敵なお付き合いの方法を書いていきます!

 


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思考は現実化するけど、思考は『気持ち』で作られている。

こんばんわ。

あおき きよ です。

 

 

 

 

ぼちぼち、子宮リーディングにお越し下さったお客様から頂いたご感想を書いていこうと思っております。

 

 

 

その前に!!

どうしても書いておきたい事がある!!(笑)

 

 

 

 

今日、7月のモニターセッションが終わり、

子宮リーディングの方向性を更に煮詰める段階になって、

 

思い込みや実際にやって来た行動、

それに伴う『感情』などを溶かすタイミングになってきたなぁ~~と思いました。

 

 

 

人の行動は自分の中にある『情報』や『思い込み』を元に、

実際のアクションとして起こしてるように思いました。

 

 

分かりやすく言えば、

 

その行動、自分の経験を元にやってるよねぇ~~!

 

って話。

 

 

 

 

思考は現実化する。

 

ってのも納得する。

 

 

 

 

自分の頭で想像できない事は実現するはずがない。

 

 

 

ですので、

 

『考え方』を変えたら、

『行動』が変わって、

実現する『結果』が変わる。

 

 

 

と、言うのは容易に想像が付く。

 

 

 

 

けどね、

頑張って、欲しい『現実』を想像しても、

『叶ってないやないかぁ~~い!!』って思うことが沢山あるのが現実………(;´д`)

 

 

 

 

何でやろうなぁ~~?と、ずっと考えてました。

 

 

 

 

 

でね、そんな人は沢山いるだろうと思って、

届け!!アチキの新たな『考え方』!!

をお届けしています♥

 

 

 

 

んで、

今の自分の考え方(思考)をベースに行動しているから、

 

今、現実に起こってる『出来事』が

今の自分の頭が認める『叶えたい現実』

 

 

 

 

それに幸せや喜びを感じてるなら

それはとても幸せな事だけど、

 

そうじゃないなら自分の求めている物は、

 

『頭』が考える『叶えたい現実』ではないって話だよね?

 

 

 

 

じゃあ、『叶えたい現実』って何?

不満はどこで感じてるの?

 

 

 

 

大概の場合の不満は『心』が感じてる。

 

『心』が求める『叶えたい物』と

『頭』が求める『叶えたい物』は

 

違うって話だよね?

 

 

 

 

 

ちなみに『心』の求める物は、常に『許し』

 

 

 

 

 

私はこの2年以上、自分の中で溢れる『感情』を認めたかったし、許したかった。

 

 

 

今の私は私の内側から溢れ出す『想い』も許したいと思ってる。

 

 

 

 

『感情』と『想い』ってちょっと違う。

 

 

感情は喜怒哀楽。

 

想いは感じるもの。

 

感情も感じるのだけど、

 

想いは人に向ける様々な気持ちや

自分に向ける様々な気持ち、

自然など人以外に向ける気持ちなどが

 

『想い』だと思ってます。

 

 

 

 

その『想い』を感じて、認めて、許したい。

 

 

 

 

 

少し前に恐怖や罪悪感すらも、

自分の心の中いっぱいに満たせば、

それは『愛』だと感じました。

 

 

身動き取れないほどに恐怖する自分って、

何ていとおしいいんだ………。

何てピュアなんだ………。

と思ったの。

 

 

罪悪感に苛まれて、

心の中いっぱいに申し訳なさが溢れ返る自分って、

何て素直で優しいんだ………。

と思いました。

 

 

 

 

恐怖も罪悪感も全て受け入れる。

 

そう思った結果、驚く事実を知っちゃった!!(笑)

 

 

 

 

 

『思考は現実化する』

 

 

 

現実は思考を元に行動して作ってる。

 

 

じゃあ、その『思考』は何を元に行動して作ってるんだろう?

 

 

 

 

『思考』っていきなり降って沸くものではなくて、

長年培った経験や知恵が詰まった産物。

 

 

 

考え方からって個人差があるよね?

 

私の考え方で大切にしてるのは、

いつも『心』

 

 

 

『心』を満たすこと

『心』を豊かにすること

『心』を気持ちよくすること

 

 

 

私のお話に共感なさる方は大体が

元々『心が豊か』な方や

『心』が優しい方です。

 

 

 

 

心が豊かで優しく、敏感な故に

沢山傷付き、苦しみ、悲しみ、罪悪感と恨みや怒りを抱えて、

 

その抱えた感情や気持ちに溺れて息も出来ない方が多い。

 

 

 

 

 

考え方の本を読んでも、

何かしらの指南書の本を読んでも、

 

一時期はすっきりしても、

同じことで悩んでる………って方は、

 

そもそもアプローチする場所が違う。

 

 

 

『心』が自分のベースなのかも知れません。

 

 

 

そしてね、

その『心』で感じたものをベースに『思考』や『思い込み』『考え方』『価値観』を作ってきたのかも知れないよ?

 

 

 

 

『恐怖』を感じたから『恐怖』を回避するために『思考』を作り上げたのなら、

 

現実化する『思考』は『恐怖』なのはお分かり?

 

 

 

常に『恐怖』を感じていて、

『恐怖』を回避する『考え方』で行動しているから、

『恐怖』が現実化している。

 

 

 

現実は『感じたい物』や『感じている物』を

物質化している。

 

 

 

 

現実は『思考』で作っているけど、

 

思考は『感情』や『想い』で作っているのではないか?

 

 

 

と思ったのです。

 

 

 

『思考』は意識する事で変えれますが、

 

『想い』は意識して【感じる】所からしかスタート出来ない。

 

感じた想いを【認めて】【許して】

初めて手放せる。

 

 

 

 

私は『恐怖』を感じること、

『罪悪感』を感じることに、

許しを与えられませんでした。

 

 

『恐怖』や『罪悪感』をカチカチに固めて、

必死で飲み込んでいました。

 

 

 

 

もう飲み込むのがイヤで、

カチカチに固めた想いを溶かしてやりたいと思っています。

 

 

 

恐怖や罪悪感は手放したらいい!って簡単に言うけど、

それは練習しなきゃ出来ないよ?

 

持たなくていい!って簡単に言うけど、

今、現実に持ってたらさ、

簡単にポイッと捨てれないよね?

 

 

 

だったらさ、

その想いを大切にしてあげてもいいじゃない?

 

時分はそんな気持ちを抱えてる。

それで心の中がいっぱいいっぱいになってて、

身動きすら取れない………。

 

身動き取れないほど感情や気持ちに対して、

豊かな自分がいるって事じゃない?

 

 

 

卵を温めるように温めて、

孵化したら驚くべき『願い』が生まれるかもよ??ヽ(・∀・)ノ

 

 


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みんな『真理』に向かって掘り下げている。

こんばんわ。

あおき きよ です。

 

 

 

 

毎回、引きこもりになる度に気付きが沢山あって、

集中的にアウトプットする。

 

 

それが今の私のやり方♪

 

 

 

 

引きこもりながら、

子宮リーディングのセッションを行い、

京都のイベントに出店したり、

京都で行ってる『ヴァンクリーフ・アーペル』を見に行きたいだけの為に一泊旅行したりしてました。

 

 

 

セッション・イベント・旅行は

私にとってとても大きな出来事。

 

 

引きこもりで、

人との関わりを断ちながらでも出来るんだ!

と驚きました。

 

 

 

人との関わりを断っていたからこそ出来たこと、

そこから学んだことはとても大きい。

 

 

 

 

特にセッションをしているときは、

私のモードは自分の地点にアンカーを降ろして、

必要な深さに潜ったり、上がったり感じです。

 

 

 

人それぞれ『現在地』と言う物がありますが、

自分で自分のいる『現在地』が分からなくなりやすい。

 

 

 

私がセッションをする時のイメージは『球体』

 

 

球体の中心にあるのが【真理】と呼ばれる物で、全ての『核』になるもの。

 

 

 

人は【真理】を目指して、

常に『変化』しているように感じます。

 

 

 

その【真理】からその人の『現在地』までの距離を計りながら、

今の心や身体や思考の状態を読み伝える。

 

 

この『伝える』のにとても重宝するのが、

【真理】と『現在地』には距離があることを知ってることでした。

 

 

 

人それぞれ距離は勿論のこと、

掘り下げてる『場所』も実は違う。

 

 

 

それに気付いたのが引きこもりしていたからでした。

 

 

 

 

パートナーはその【真理】に一番近いところにいるように感じますが、

 

思考でその【真理】を知っているが故に、

心と身体が付いていかなくてジレンマを感じていると言った感じです。

 

 

 

 

 

私はよく人から相談されたり、

アドバイスを求められたり、

愚痴を聞いてほしいって言われます。

 

 

でも、いつもいつの間にかマウンティングされてる………(笑)

 

 

『私に何をやっても、言ってもいい。と思ってない?』

 

 

と思うことが度々ありました。

 

 

 

その理由もよ~~~~く分かってしまった!

 

 

 

 

私、常に【真理】とその人の『現在地』を見ながらお話をしてたんだ!!

 

 

ただ今までは自分の『現在地』にアンカーを降ろして、

ビヨーーーーンとその位置に行ってお話をしていた訳ではなく、

 

アンカー無しバージョン!(笑)

常に宇宙遊泳だったんだ!!(笑)

 

 

 

 

その人の『位置』まで行くもんだから、

初めは親しく感じたり、親身になってくれてる!

私を分かってくれてる!理解してくれる!

 

と嬉しくなる方が多い。

 

 

 

ところが慣れてくると『あれ?』と思うことが増えるのは、

 

きっとその人たちは私の本当の『現在地』を知らないから、

 

私が『変わっていない』ように見えたのかもしれません。

 

 

 

その人自身は自分は『変わった!』と思う。

そらによって『自信』が付く。

 

で、私を見たら『変わっていない』

自分は『スゴい!』と思うようになる。

 

 

 

 

人を『スゴい!!』とよく思う人は

自分は『スゴい!』と認められるようになってくると、

 

もれなく人を見下しやすくなりますよ~~ヽ(・∀・)ノ

 

マウンティングを知らない間にしちゃいますよ~~ヽ(・∀・)ノ

 

 

 

 

私もそうだったから~~!!(^_^)v

 

 

 

 

『スゴい!』と思っていたのは、

実は勝手に自分が相手の下に自分の身を置いていただけの話で、

 

よく見てみると意外と相手は自分の『横』にいてたりします。

 

 

 

初めは『横』にいてくれる事が嬉しくて、

 

しかも【真理】に向かうために自分の『深さ』を出す方法を教えて貰えると

 

ついつい『この人、スゴい!』って思っちゃう。

 

『スゴい!』と評価した時点で、

無意識に相手の下に潜ってしまう。

 

 

 

これね、

その人に自分の進むべき道を示してもらおうと思ってるからです。

 

 

 

『この人の言う通りにしていたら、この人のようになれる!』

『この人の言う通りにしていたら、自分の望むものが手に入る!』

 

 

と思ってるからなのね。

 

 

 

でね、

教えてもらった通りに実践して、

経験して、結果が出るとね、

自分に『自信』が付きます。

 

 

 

『私、出来るじゃん!』

 

 

 

嬉しくなるよね♪

とっても良いこと!

 

 

 

で、

自信が付いた自分が相手を見るとね、

上にいると思ってたのに『横』にいる。

 

 

ただ『横』にいるだけなのに、

自信の下駄を履いたから

その人が『下』にいるように見える。

 

 

 

『私、スゴい!』

 

 

 

が、

『私、この人よりスゴい!』

に変わる。

 

 

 

 

でもそれはね、

自分の掘り下げた『世界』からしか見てないの。

 

 

 

その人はその人の『世界』を掘り下げてる事を知らない、認められない。

 

 

 

だから相手は『間違ってる』と思ってしまう。

 

 

 

それが相手が『下』に見える理由で、

『マウンティング』してる理由です。

 

 

 

 

で、

【真理】に一番近いところにいる我がパートナーは、

その『場所』からお話を展開しちゃう(笑)

 

 

 

私に対しては、

私を理解したいが前提にあるし、

私を信頼しているので、

私の『現在地』を知りながら、

【真理】により近付けるようにお手伝いしてくれますが、

 

 

 

他人に対しては【真理】をそのままぶつけます!!(笑)

 

 

人からよく聞く評価は『偉そう』でした(笑)

 

 

 

今でこそ心と身体が付いてこれてない事をよく知っているので、

相手がパートナーの姿が見える場所まで移動してお話してくれますが、

 

 

それでもまだまだ遠いように感じます(笑)

 

 

 

私の特化している才能、

心で感じる

心で繋がる

心で近付く

心で伝える

 

 

私のセッションで行う【真理】と『現在地』の距離に合わせて伝えている事を理解してくれています。

 

 

 

みんな向かっている【真理】は同じ。

 

ただ掘り下げてる『場所』が違う。

 

その『場所』が自分の【世界】になる。

 

 

 

 

自分の【世界】を広げ、深めるほど、

みんな同じ所に向かっているんだと言うことを知るのだと思います。

 


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