【生理】から心と身体を解放するsalon『anne』

生理マニアのカウンセラーが、毎月くる【生理】から心と身体の声を聞きながら、より良い『私』になる方法をお伝えしています。

恥とプライド。

こんばんわ。

パートナーとお互いのホロスコープを解読して、

あまりに『2人で一つ』感に驚いている私、

あおき きよ です。

 

 

 

 

 

 

 

私自身が感じており、パートナーも指摘してくださるのが

『恥ずかしがり屋』

と言う事。

 


私の意識では『恥ずかしがり屋』レベルですが、
パートナーから見る私は

『度を過ぎすぎる程の恥を感じている』

と言うレベル。

 


それは『自身の存在に恥じている』

私の存在を他者から感知され、
それを私が感知してしまうと『恥を感じてしまう』

 

では、他者から存在を認識されないと問題は解決するのかと問われますとそうでもありません。

他者から認識されていないと感じると
ひと時の安心の後、必ず恥を感じます。

 


これは

愛される事や愛する事、愛されない事や愛せない事。
求められる事と求める事、求めない事と求められない事。
差し出す事と差し出される事、差し出されない事と差し出さない事。
受け取る事と受け取っていただく事、受け取らない事と受け取っていただけない事。

にも恥を感じてしまいます。

 

20代半ばの頃、こんな事がありました。

30代半ばくらいの男性とお食事をするために、エスカレーターを登っている時
降り口付近で彼はそっと手を差し伸べて下さいました。

エスコートです。

私は恥ずかしくて、お断りをして一人で降りる事に致しました。

 

この時の私の心境はと申しますと
エスコートされることへの恥ずかしさ
優しくされる事や大切に扱われる事に恥ずかしさを感じておりました。

彼が私へ向ける好意にも恥じておりましたし、
また周りに人がいる事、見られる事にも恥を感じておりました。

 

人から私への意識を感じて、それを感じる私自身に恥ずかしく思っていたのです。

 

言葉を変えるならば、自意識過剰。

 

自分へ向ける意識が度を超えているのですね。


自分の存在を感じると恥ずかしくなる。

 

実は私が恥を感じる以上に、
相手を辱めている行為でもあります。


好意を寄せる女性にエスコートさせて貰えない殿方。


もちろん、その殿方を受け入れたくない場合はきちんとお断りいたしましょう。

 


恥を感じる度合いが強くなればなるほど、
人はそれを隠そうと致します。


それが強がりと言うもの。


プライドが高いとも申します。

 

 

恥を感じているからこそ、プライドが高くなってしまうのでしょうね。

高くなったプライドは、
他者から恥を欠かされることに敏感になり、
プライドを傷付けられることに恐れるのですね。

 

ですので、他者からプライドを傷付けられるとお怒りになられます。

怒りを出すことで自身のプライドを守ろうとしているのです。


そして、それは他者から自身のプライドを守って貰おうと

同意や賛同を求める行動に出ます。

自分の正しさと相手の間違いを
他者を使って確認しよう、

自身の気持ちに共感して貰おう、
または相手に間違いを認めさせよう、
謝らせようとするようになってゆくのです。

 


人前で誰かに怒りをぶつけたり、
非難したり、責め立てたり、罵ったりは
多くの人にそれを知らしめ、分からせようとしている行為と言えます。

 

恥を欠かされたとおもっていたけで、

プライドが高い故にその行為は他者を辱めてしまっているのです。

 

相手の立つ瀬を無くそうとしている行為。


怒りをぶつけること、人に恥を欠かせることは
人にとって甘美な蜜ですので、
それに気持ち良さ、楽しさ、喜びなどの快楽を感じやすいようになっているのが困りものです。

 

私は気持ちよくなると恥を感じてしまうこともありました。
気持ちいい、楽しいと感じると途端に恥ずかしくなり、
怒ってしまったこと恥を欠かせてしまったと思うと申し訳なくなってしまい、
身の置き場に困る経験も数多く重ねて参りました。

 

プライドが高いと自身が行なった行動に恥を感じると謝る事が出来なくなってしまうこともあります。

再びプライドを守るため、相手のアラを探すようになってしまうのです。

 


自身が感じる『恥』を感じないようにするために堂々巡りするのですね。

 


そんな堂々巡りに飽きてしまいましたので、
どうすれば『恥』を捨てられるのか?とパートナーに問いましたところ、


『渡辺 直美さんがビヨンセになりきるように、きよちゃんは恭子さまになりきったらいい』

と助言を頂きました。

 

『なりきる』とはあたかも自身がそれであるように振る舞う事。

真似っこをするのですね。

 

なりきった時、それはその方がお持ちになってる品格や価値観や自尊心などが自身にも身に付いているという事。


そのものになる

と言うことではない事にご注意を。

 

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