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【生理】から心と身体を解放するsalon『anne』

生理マニアのカウンセラーが、毎月くる【生理】から心と身体の声を聞きながら、より良い『私』になる方法をお伝えしています。

『やりたいことをやる』のって、恐いと思っても仕方ない。

布ナプキン作家で生理カウンセラー、『子宮』リーディングヒーラーの あおき きよ です。

 

昨日、朝起きたらね、

『あ!学校作りたいなぁ~~(*´ω`*)』

と思いまして、

Facebookにその事を書くとね、

『やろう!』

と言ってくれたり、

『面白そう!』

と言ってくれたり、

『私も同じ事考えてた!』

と言って貰いまして、

 

私、その気になりました!!

 

作ろう!学校を!?

みんなで作っちゃおう♪

方法なんて山ほどある!

みんなで考えたら、素敵な素晴らしい学校が作れる!

 

 

私、アイデアマンで夢想家ですので、

思い付くの得意です!

色んなルートを導き出すのも得意ですし、

人の特性を見抜くのも得意です。

 

でもね、形にするのはどうも苦手。

途中でやらなくちゃいけない!

と必要以上に頑張ってしまいますし、

みんな、楽しくなってもらいたいから

私、ついつい我慢してしまいます。

 

そしてたどり着くのは『結果』を追い求める。

 

その頃には私が『楽しくない』状態。

人が満足するものを作り上げることに必死で、

自分が楽しむことすら忘れてる。

楽しくないと思うことも許せてないから、

笑顔を顔に張り付けて、

せっせと作業する毎日。

 

心も身体も疲れ果てて、辞めたいと思ってる気持ちを押さえ込んで、

やりたいことをやってるんだ!と言い聞かせて頑張る。

 

初めはワクワクしてたのに、

私、一人で頑張って、

私が作り上げたもので人を満たそうとして、

結果、人から苦情が出る。

 

『思っていたのと違う』

 

頑張って頑張って、疲れて、途中で辞め事になると………

 

『人を振り回すだけ振り回して、ほっぽらかし』

 

それをもう体験したくなくて、

やりたいことを見付けると

光の早さで不安感が襲います。

 

その主になるのが『お金』

 

人に『お金』を支払わせずに、

自分が出来るだけ沢山『お金』出して、

更に人に『お金』を渡せるシステムを作ろうと必死で作ってたからなんですね。

 

自分に『お金』が無かったら、

支払えないことが申し訳なくて、

代わりに人の何倍も働く。

 

『お金が欲しい!』心理の人の多くは、

自分は出来るだけ『お金を出したくない!』と思ってましてね、

それでも棚からぼたもち的に『お金』を貰おうとする方が多くいらっしゃいます。

 

私、そう言う深層心理の部分をキャッチする能力が多大にありまして、

『私が人のために頑張らなくちゃ!』

になってしまうのです。

 

私が人の何倍も動いて、

人の何倍もお金を出して、

人のために尽くして、

人にお金の『循環』させなきゃいけない。

 

人が出来るだけ楽をして、

満足させなきゃいけない。

 

それが『当たり前』になってました。

 

『当たり前』だけど、実は『不満』

 

私、これだけ頑張ってるのに

あなた、それを美味しく頂いてるだけなのに、

何で私に文句を言うの?

 

それが寝る前にパートナーに対する怒りとして出てきました。

 

イチイチお金を要求されると腹が立つ!

 

気付いていたんです。

ちゃんと動いた分、やった分、お金を請求しなさい。

と私が『私』に言ってる………。

 

人に何かを教える時も同じなのです。

 

学びたいと言ってる人に、

自分の持ってる知識を渡すときも、

ちゃんと対価を要求する。

 

私の持つ知識が欲しいから、

私のところまで来て。は、

私が差し出しすぎてる。

 

交通費と飲食代だけでもちゃんと要求する。

それで初めて対等に近付くんですね。

 

知識の内容によって、

対等になるのに必要な対価は違いますので、

その辺りは自分で決める。

 

私が過剰サービスをするのが『当たり前』だから、

人は過剰にサービスを受けるのが『当たり前』だと思うわけです。

 

『それは私に私の知識と時間と労働力とお金を、

あなたに差し出せと言っているのですよ?』

と言える勇気を持つように言われている。

 

やりたいことをやる。

と言うことは、古い価値観を持っている限り、怖くて踏み出せない。

 

その怖さを持ちながら、

価値観を書き換える意識と、

それでも私はやりたいことをやる。と決める。

 

私が乗り越えるものは、

冷静に差し出すものは何かを見極めること。

それによる対価を請求すること。

 

嫌われるんじゃないか?

怒られるんじゃないか?

イヤな顔されるんじゃないか?

 

と言う怖さは、私だけの気持ち。

客観的事実とはまた別のお話で、

相手の気持ちや立場、情況も別のお話。

 

その中で自分はどうしたいか?だけでいいのです。